山本のギアを常にトップに入れてしまうスクアーロはとても可愛いがとてもユルい。
 あれーギア入んねーやべーどうしよーといささか焦って横を見たスクアーロは、自分がクラッチと間違えてとんでもないモノを握っていた事にようやく気付いた。
 「う゛おわぁあああ゛!!」
 奇声を上げて手を放す。ついでにハンドルとブレーキからも手足が離れ、ずるずる、とオートマチック車は動き出す。サイドブレーキを引いたままだ。慌ててエンジンを切る。
 「…スクアーロ」
 山本が顔を真っ赤にして助手席から恨めしそうにスクアーロを見た。釣られるように、スクアーロの顔にも血が上った。
 「わ、わ、わ、ワリ、い…」
 触っちゃった。しかもしっかり握りしめてしまった。そりゃ思春期の中学生は怒るだろう。
 うろたえながらも謝ると、じっと赤い顔でスクアーロを見つめていた山本は、「…ワザと?」ととんでもない事を言ってきた。
 「まっ、まさか!」
 「でもさー、フツー間違えねぇだろ」
 ギアとアレと。
 ご尤も、だが。
 「い、いや、この車初めて乗るんだぁ…しかもオートマだし」
 「…オートマの方が簡単なんじゃねぇの」
 「イタリアじゃあマニュアルが普通なんだぁ!半クラしなくてもいいとか左足使わねぇとか、返って手持無沙汰でもてあます、っつーか」
 「…でも、ギアの位置はマニュアルもオートマも変わらないじゃん」
 何で間違えんの。
 免許を持たない少年にさらにご尤も、な事を追及され、うう゛う、とスクアーロは言葉に詰まる。
 イタリアではマニュアル車が一般的。これは本当だ。オートマチック車の運転は慣れていなくて怖い、という理由で車泥棒でさえ避ける、と言われるくらい少ない。
 でも、日本ではオートマが主流で、特にレンタカー屋で扱う大衆車はほぼ100%オートマと言っていい。
 ―――と知ったスクアーロは、じゃあちょっと慣れておいた方がいいかな?と考えたのだ。日本で車を運転する機会もこれからあるだろうし、その場合は慣れないオートマに加えて右ハンドルになるだろうし。
 そんな折に、ボンゴレと敵対している某マフィアファミリーとちょっとした諍いがあり、ヴァリアーがそいつらを軽くたたんで、そして没収してやった財産の中に割りと新しいモデルのワーゲンがあって、それがオートマだったのだ。
 やっぱりオートマは皆が敬遠したので、これ幸いとスクアーロが貰う事にした。
 しかし大して乗りこなす前に、山本がイタリアを、スクアーロを訪ねてきてしまった。
 でもせっかくの機会だから一緒にどこかに行こう、となったら乗せてやらないわけにいかない。
 「…よ」
 「よ?」
 何とか言い訳せねば、とスクアーロは口を開く。
 「横、なるべく見ないで運転しようと思って…」
 「…横見ねぇでって、俺を見ないように、って事?」
 「いや違う!」
 どんどん話がダメな方に行ってしまう。何てことだ。せっかく普段から周囲に常に人がいるような山本を、独り占めできる時間だというのに。
 「お、オートマの運転で、気を付ける事ってどんなのがあるんだ、って思って」
 「…うん」
 「でも周りにオートマに慣れてるような奴いねぇし、しょうがねぇからネットで検索してみて」
 「うん」
 「そしたら、ジャッポーネのサイトで、かっこいい運転の仕方、ってのがあって」
 「………」
 山本の顔が訝しげに曇る。構わずスクアーロは、一気に言い放った。
 「そこで、ギアは見ないで動かせとか、バックする時は腕を助手席に回せとか書いてあったから」
 「…それって女の子がグッとくる運転の仕草、とかじゃねーの?」
 「…そうなのかぁ?」
 「うん」
 よくテレビとかで紹介してるよ。
 スクアーロはぐったりと肩を落とした。
 なぁんだ。
 日本人はこういうのがかっこよく見えるのか、と熱心に覚えたのに。
 「…スクアーロ」
 そんな様子のスクアーロをじっと見て、山本が声をかける。
 「そんなさー、慣れてねぇ車運転するのに、何でそこまで気にしたの?」
 山本はまだ免許をとれる歳ではないし、運転できるだけでかっこいい!と思うし、左ハンドルなんて余計にそう思うし、何よりスクアーロと遠出ができる、というだけで嬉しいのだ。
 それ以外の諸々に、神経を使っているスクアーロの不審さが解せない。股間をいきなり握られたのにびっくりした、というのももちろんあるが。
 「…だってよぉ」
 「うん」
 「かっこつけたいじゃねぇかぁ…せっかくお前と出かけるのに」
 「俺、別に特別な事しなくてもスクアーロの事かっこいいって思ってるぜ?」
 肩を落として沈んだ姿勢のままのスクアーロの腕をつかんで顔を上げさせた。
 「もーいーからさ、早く出かけようぜ?時間もったいねーもん」
 俺気にしねーから、と山本が笑うと、スクアーロもようやく気を取り直したように表情を緩めた。
 改めてエンジンをかけ、ギアをきちんと入れる。
 「どこ連れてってくれるんだっけ?」
 「郊外にボンゴレが持ってるワイナリーがあるからそこまでドライブだぁ。アウトストラーダじゃなくて、いざという時の裏道教えてやらぁ」
 スクアーロが裏道、なんて言うと別の意味みたいだ。実際、いざという時のための、逃走路になりそうな分かりにくい道を教えてくれるつもりなのだろう。
 スクアーロが気を取り直してくれたのは嬉しいが、山本はちょっぴり残念だった。
 もしかしたら誘われているんだろうか、とほんのちょっとだけ、期待した。
 まぁいくらなんでもいきなり股間をつかむ、なんて色気どころじゃない誘い方を普通はするとも思えないが。
 でも山本に対してかっこつけたい、というくらいだから、スクアーロの方も結構脈はあるのだろう。もう少し様子を見て、キスとかそういうのを求めてみようと山本は心に誓う。さすがにいきなり股間をつかむような関係はまだ早い、と理性が働く。
 「なースクアーロ」
 「あ゛ー?」
 「俺、18になったらすぐ免許取るからさ、スクアーロが日本に来た時は俺が運転するから」
 だから色々、気にしなくていーよ、と山本は笑う。
 「あ、でも、多分車はウチにある軽を最初は親父から借りる事になると思うから」
 かっこいい車じゃねぇ!って怒んねーでなー。
 「そんなもん…」
 全然気にしねぇぜぇ。
 中学生のそんな微笑ましいお誘いの言葉に、じんわりと感激してしまったスクアーロは、ご機嫌が急上昇してしまった。
 だから少々調子に乗って、口を滑らした。
 「いやーそれにしても」
 「ん?」
 「山本、お前立派なモン持ってんなぁ!」
 


 にこにこ笑うスクアーロに合わせて苦笑いしながら。
 郊外の人気の無い所に着いたら、とりあえずこの人を襲ってみよう、と山本は思った。
 さっきまでのまずキスから、という殊勝な考えはどこかに飛んでいった。
 思春期の中学生を舐めてはいけない。
 

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